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*コラム*  『内山健二郎の今日の一曲〜食べるように聴いている〜』       『走るクリス日記』
ミサイル兄弟

      走るクリス日記

走るドラマー・クリスの、ロードストーリー。

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6月30日(月) デオドラント・スプレーのマナー


ドッカーン払い断念。
住民税を払った。
“持ってけ泥棒!”
漢気と粋。
餓死したとしても税金なんてものはまとめてドッカーン!
そう払っていくつもりだったのだが。
そんな懐具合でもなくなってしまった。
6月末までの分をコンビニで払った。
また一歩スケールの小さな男になってしまった。
区役所の職員にドッカーン・マネーを叩きつける醍醐味から。
はした金で住民ヅラさせていただいているとゆう卑屈な気分へ。
それよりも支払い用紙を紛失してしまうのではとの懸念も。
みんなよくなくさないものだ?


スーパーに買い物に行ったがなんでも値上がりしている。
日本の食料自給率がどれくらいなのかは知らないが。
自給率に食料の生産材と流通材の自給率は考慮されているのだろうか?
単純に食料生産だけだとしたら有事の場合はほとんどゼロではないか?
そんな不安を胸に買い物。
パンが全品20%引きだったのだが。
元々20%ぐらいは値上がりしていた。
値上がり感の薄い新製品を買ってしまう俺だった。


また年金がやらかしたニュースが流れていたが。
俺の消えた年金も未解決のままだ。
しかし、俺の親父の話はひどいものだ。
親父にも年金特別便だかが届いたらし。
10年近く未納になっていたらしいのだが。
親父はとっくに年金受給者。
満額もらっていたようだ。

年金記録ってなんなんだ?
その話を聞いたとき一緒にいた友達の県庁マン・モリタの記録も違っていたらしい。
徹頭徹尾めちゃくちゃな組織だ。
どんぶり勘定じゃないか?


最近携帯電話のCMで“サザン解禁”とかやっているが。
これか!
ゴンが講演をたのまれたのはあのシステムらしい。
上手くいったのかわからないが。
とりあえずサザンオールスターズは滞りなく解禁されたようだ。
メデタシメデタシ。

あのCMを見るたびにゴンを思い出してしまう。
俺にもシステムの話をしていたが。
さっぱりわからなかった。
俺にもわかるレベルの話ができるようじゃないとダメだと思った。



プシュー・チェックが甘かった。
今朝はいつもより早めに出勤。
デオドラント野郎がプシューをやる前に止めてもらえないかとお願いした。
かなり下手にお願いしたのでヤサカも下請けデオドラント野郎も快諾。
やっぱりデオドラント・アレルギーだったようで今日はくしゃみからは免れることが出来たのだが。
帰りにプシュー!
デオドラントの薫りが。
デオドラント野郎を疑ってしまったが。
完全否定。
“お前!服に染み付いてるんだろう!”
そこまで言ってみたが余裕で完全否定。
その余裕はなんだ!
周りからはエチケット説まで噴出してくる始末。

えっ!
俺の後ろでは下請けのオヤジが照れたような顔で笑っていた。
あんたが?
デオドラント・スプレーって顔じゃないじゃない!
ニッカポッカにデオドラント・スプレー?
色気づきやがってもう!

完全にチェックから洩れていた。

しかし、デオドラント・スプレーごときで女の子にモテようとする了見が気に入らない。
そんなつもりじゃないのかもしれないが。

俺は完全にデオドラント・アレルギーみたいだ。
南大沢の駅までグシュングシュン。
まいったなあ。
アレはなんとかならんものか?
公共の場での使用マナーとか確立出来ないものか?
香水も含めて、電車の中では携帯電話やヘッドホンより迷惑。
なんとかならんのか。


俺は子供の頃からアレルギー体質だった。
卵アレルギーで大人になっても外食の時にはメニューに卵が入っているかイチイチ尋ねていた。
学校給食で卵料理の日はパンと牛乳だけだった。
俺が案外空腹が平気なのはそのせいかもしれない。
最近は給食費を払わない親父も多いらしいが。
今だったら卵料理の日の分は返還されたりしているのかもしれない。

当時は完全に偏食扱い。
無理矢理たべさせようとする先生もいた。
医者の診断なんかお構いなし。
それでもなんの問題もない教師としてやっていけたのだ。
呑気な時代だった。

ちゃんとした人間であることのハードルは確実に高くなってゆく。

ジレンマってヤツだろう。
デオドラント・アレルギーが世間に認知される日は来るのか?

人類の未来を考えるとアレルギー体質を持った人間なんて本当は淘汰されるべきなのかもしれない。
ジレンマを許容出来る限界もあるはずだ。

人類はどれぐらい立派な存在であるかの瀬戸際ってのもあるだろう。

デオドラント・スプレーのマナー。
新たな難問だ。
6月29日(月) エクスキューズ・ミーマイセルフ


深い眠りの底に落ちた。
これが本当の“眠り”ならば普段の俺は眠ってなどいない。
目覚めている時よりも覚醒しているかのような豊かな夢の世界の中を漂流している。
この世の果てまでをも駆けずり回っている。

寝ている間もけっこう忙しいのだ。
深酒で記憶を失った時でも夢の中ではそれなりの活動をしている。

昨日の眠りは深かった。
確かに先週は忙しかったが。
俺はそんな忙しい毎日を何年もの間こなし続けてきた。
先週ぐらいの忙しさの後でランニングの大会ぐらいは当たり前だった。
やはり年齢のせいなのだろう。
疲れの澱が溜まるかのように。
週末を待ちわびていた。


確かに週末はオフにしようと考えていた。
ウチに帰ってもなにもするつもりはなかったのだ。
安息日。
仕事はやったけど。
その他をオフ。

疲れの澱は思っていたよりも深く沈殿していたようだ。
いつの間にか眠っていた。気がついたら明るかった。
一瞬、朝なのか夕方なのかわからなかった。
時間が奪われてしまったかのような眠り。

こんなに深い眠りは滅多にあるものではない。
睡魔さえも感じることはなかった。

ただ、よく寝ただけの話を延々と続けてきたのには当然理由がある。
大失敗をしてしまったのだ。

アニユアル・トゥーランドット。
すっかり忘れていた。
誰も眠ってはならない!
誰もじゃなくても俺だけは眠ってはならない日だったのだ!
昨日は!
俺にとって主観的に絶対的に美しい女の生誕アニバーサリー。
今月に入った頃から注意してきた。
今週の前半なんか厳戒体勢だったはずなのに?
治安責任者更迭の危機だ。

相対的に“しつこい”とされる俺の性格だが。
絶対的に美しい女との関係においてはそれほどでもない。
しつこさは俺を上回っているかもしれない。

これはどうしたものだろう。

歌人、正岡子規は母親が毎年彼岸の入りが寒いと言うのをウタにしていたが。
“毎年ね、彼女の誕生日が眠いのは。”

実は今年だけのことではない。

ストレス社会?
過度なストレスが原因とも思われる奇病。
毎年、愛しているはずの人の誕生日になると睡魔を超えた眠気に襲われてしまう。
そんな病に苦しんでいるのは俺だけではないはずだ。

ストレスの増大を止めることなど出来ない。
社会基盤そのものがストレスだろう。
新しい地下鉄が。
ワンセグ携帯が。
ウォシュレットが。
全自動洗濯機が。
テレビが。
エアコンが。
電気が。
ガスが。
水道が。

俺達は働かなくてはならない。
それらのモノがなかった時代に比べたらより働かなくてはならない。

ただ普通の人として生きるためにも。
サバイバルに生き延びる必要がある。
奇病を抱えてながらも。

言い訳仙人となって。
6月28日(土) やっぱり空気が読めないのか?


デオドラントスプレーでいいのだろうか?
臭い消しみたいに身体に吹きかけるスプレーがある。
俺はアレのアレルギーになってしまったのかもしれない。
詰所にいるとくしゃみがひどい。
風邪をひいてしまったかと思っていたが仕事をはじめたらいつの間にかくしゃみは止まっている。

どうやら詰所のデオドラント野郎どものせいみたいだ。
アッキーは以前からデオドラント野郎に不満を言っていたのだが。
俺はそんなに気にしてはいなかった。
注意する類のことではないと思っていたのだが。

デオドラントアレルギーになってしまったかもしれない。

職長のヤサカと下請けデオドラントの二人の仕業なのだが。
ヤサカのはまだ微香性だが。
下請けデオドラントのは強力な薫りを放っている。

辰巳の黒人土工さんリックの話題がよく出てくるのもデオドラントスプレーのせいだ。

リックのデオドラントも強力だった。

しかし俺は微香性のヤサカデオドラントにも反応してしまう。
臭いの強さの問題ではないようだ。

春の花粉症。
夏にはデオドラント。

デオドラントスプレー撲滅キャンペーンを展開していこう!

アッキーの考えではデオドラント野郎は風呂や洗濯の代わりにスプレーを使っているらしい。
“ああいうヤツらはまだ長袖だよ。”
なるほど確かに。
デオドラント野郎を分析していた。

臭いに対する嫌悪感は理性をも封じ込めてしまう勢いがある。

注意するべきだかデリケート部分もある。



そんなことを話題にしながらもアッキーとの間にもトラブルが。
ちょっとアッキーがおかしい?
フリーズしてしまう。
どうしてしまったんだ。
空気が読めないらしい俺はアッキーが発信しているかもしれないサムシングを完全に見逃しているのか?
そんな不安もあったが。
積極的な問題解決にチャレンジしてしまった。

トラブルは俺が指示した通りに作業していなかったことが発端。
作業に入ってからの予定変更とかもあって俺の指示も完全ではなかった。
かなり複雑な行き違いがあって。
アッキーが指示された作業をやっていなかったのではなく他の人に対する指示の伝達をアッキーに任せたのだが。
俺の指示通りには動いていない。

作業としてはそれでも構わない状態だったのだが。

俺は指示の伝達が歪んでいくメカニズムも気になったし。
何よりアッキーがフリーズしているのが不思議だった。
反応が鈍い。

俺の指示と現状が食い違っているのは理解しているはずだ。
そのことに関するエクスキューズがないまま反応がない。
話のつじつまもあってない。
アッキーは俺には見えない何かを発信しているのか?

俺の指示を間違って聞いたとか。
俺が言い間違えた訳でもないらしい。

ちょっと謎だ。

空気が読めない不安もあったがしつこくメカニズムを解明しようとしてしまった。

謎は深まるだけで。
アッキーは凍り続けていた。
俺はなにかひどいことをしたのだろうか?
わからない。

ちょっとしつこかったかもしれないが。
俺は自分がアッキーの自由なアイデアを封じ込めることが出来るほど優越的な立場にあるとは思っていない。
謎だ。
6月28日(土) 世界の国からこんにちは!


ノーサンキュー・ベリーマッチ。
ミサイル兄弟の練習だった。
最近ご無沙汰だったノーサンキュー・ベリーマッチをやってみた。
ずいぶん前の曲にもかかわらす最近の状態を歌っているような曲だ。
もしかして?
ケンちゃんは?
予言者?
未来が見えているのか!
予言と奇跡。
救世主の傍にいることが出来る。
優越感さえ含んだ幸福感に包まれそうになってしまったが。
よく考えるとケンちゃん。
螺旋状に失敗を繰り返すただの愚か者。

救世主なのか?
愚か者なのか?

いずれにしても現実という重みをおびた“ノーサンキュー・ベリーマッチ”が響き渡っていた。


ノーサンキュー・ベリーマッチは歌詞のメッセージで分類するならば。
最終的には“テイク・ミー”族。
“♪連れてってよ〜”モノだ。

俺の中に甘え願望があることは否定しないが。
そんな願望を他人と共有したいとは思わない。

“勝手に行けよバカ!”
すべてのテイク・ミーものに対してそう思っている俺だ。


40歳をとうに過ぎて。
転校生モノの歌を歌っているケンちゃんだが。
チャック・ベリーだって行ったかどうだか怪しい学園ソングばかりだ。
インタビューではマーケティング的なことを言っていた。

ケンちゃんにはマーケティング的な発想はないようだ。
ケンちゃんの職場に新しい女の子が入ってくるらしい。
面接をやっているところに事務所に用事があるふりをして見に行ったようだ。
フィリピン人。
以前はパブで働いていたらしい。
ケンちゃんはわくわくモードで語っていたが。
主婦らしい。

中国人の主婦にフィリピン人の主婦への思いを転校に仮託して歌っているのだろう。

そのうち現れる“世界の国からこんにちは”モノに期待している。


クリス日記が長くなるとケンちゃんの携帯では読めなくなるようだ。
最近のいくつかは読めなかったらしい。
俺はケンちゃんのことも意識して5000バイトをメドにしていたのだが。
ケンちゃんも携帯替えろよ!

南大沢はまだ遠いが。
朝の部はここまで!
6月27日(金) 親子鷹・親だけソロ活動中!


下北沢のデイジーバーでロザンヌ・ロザンナダナのライブだった。
トリオ編成でカミジが来ないとなるとリハーサルをやるのも馬鹿らしいのでリハーサルはお休み。
仕事をやってから行ったが。
出番は最後なのでゆっくりだった。
最近ブースターズとかでリハーサル無しは慣れていたが。
モニターがあるとなるとやっぱり別だった。
俺はリハーサルでほとんどの音をカットしてもらうのだが。
昨日はモニターからベースの音がガンガン。
カミジ・ベースショーみたいになっていた。
巨大なカミジの手がモニターの辺りで暴れまわっているようだった。
カットするように言っておくべきだった。
あんな下手糞なベース増幅する価値無しだ。
しかし、狭いライブハウスなのに元々モニターなんて必要なのだろうか?


トリオ編成でナミはいなかったのだが。
なぜだかナミのストーカーさんは来ていた。
ナミが出演しないことは知っていたようだが。
俺の中でナミのキャラクターは猫娘だ。
ゲゲゲの鬼太郎の。
“おーい!猫娘!”
そう言えば大地はネズミ男のTシャツを着てる時があるな。
ファーギーも昔は猫娘キャラだと思っていたが。
あっという間にセレブ・シンガーだ。
ストーカーさんはナミの猫娘的なところに惹かれているのだろうか?


大地のストーカーちゃんはパワーアップ。
友達を何人か連れてきていた。
友達の手前か態度も幾分堂々としている。
俺は最初、大地の相武沙希似の彼女と間違えていた。
なんだか痩せたんじゃないかな?
なんて思っていたのだ。

それぐらいに健康を回復している感じがした。

やっぱりライブ中は落ち着きなく動き回っていたが。
以前のアブナイ感じはなくなっていた。
ただ動き回りながらあちこちでヘマをやるのでこちらも落ち着かない。
アッキーにギャラでも払って監視してもらうべきだった。
昨日は時間が遅いと言って来なかったのだが。
昨日のストーカーちゃんはなかなか良かったぞ。
太陽の光を浴びて舞い踊るストーカーちゃん。
連れてきた友達はあたかもバックダンサーだ。



カミジは仕事で紫外線焼けして真っ赤な顔をしていた。
溶接で紫外線焼けしてしまうのだ。
UVケアーを怠ったようだ。

化粧の話になった。
ストーカーちゃんも化粧っけがない。
マリちゃんも化粧しないらしいが。
カミジの奥さんも化粧しないらしい。

カミジの奥さんは美術関係の仕事をしていて。
デパートで仕事することがあったらしいが。
その時はさすがに化粧をしたらしい。
デパートとは化粧をする“場”のようで。
化粧無しだとみんなが正装しているのに自分だけTシャツみたいな違和感があるらしい。
考えてもいなかったことだった。


下請けさん達の仕事の薄さは洒落にならないレベルみたいだ。
俺は明日仕事に出たら日曜は休みだと安堵の言葉をもらしたが。
そんな気分にはなれないようだ。
南大沢にも懐かしい顔ぶれが揃ってきた。
サトケンは40歳を待たずに孫が生まれたようだ。
サトケンのお母さんもおばあちゃんも存命らしい。
ヤシャヤ孫ってやつみたいだが。
その次も行けるのではないか?

オカモトもやってきてバカ軍団勢ぞろい。
アッキー達は脳トレも兼ねて歴代のスゴキャラ下請けさんの名前を思い出している。
伝説シリーズ。
“暖房手段がウォッカ”
いい味だしてるキャラクターがいたようだが。
みんな名前が思い出せずに苦しんでいた。
夕方頃に誰かが思い出したようでみんなヤケにすっきりした顔をしていた。

俺は休憩中は“数独”に取り組んでいるが。
意外な進歩をしてきた。
問題を解く能力はそんなに進歩しないのだが。
問題を解きながら世間話が出来るようになってきた。
みんな俺の数独を無視していたが。
今日になってサトケンが興味を示してきた。


親子で日雇い派遣の人がいるようだ。
親子鷹と呼ばれている。
現在は親だけソロ活動中の親子鷹だ。
ツナギがヤケに似合っている。
もちろんヒゲキャラだ。
6gatu 27niti kin


6月26日(木) アイ・オブ・ザ・タイガー


寝坊したことにしばらく気付かないでいた。
なんだかテレビの感じがちょっと違う。
大塚さん?
ヤバい!
一時間間違えていた!

慌ててウチを出る。
ウンチの心配を残しながら。


誤解・曲解のメカニズムとでも言うか。
俺は時々“クリスが以前こう言った”と言われて“そんなこと言ったかな?”
マズ言ってないと思うことがある。
そしてこんなことが起きるのは限定された人間との間なのだ。
多少の悪意はあつても、心の底から俺に対して悪意を抱いているとは思えない人達なのだが。

そんな誤解・曲解のメカニズムがわかりやすく見えてくる出来事があった。

基本的にはUFO=宇宙人の構造だ。


ブロアーとゆう道具がある。
掃除機の逆で吹き飛ばしてキレイにしようてゆう発想だ。
南大沢の現場では充電式のブロアーが導入されている。
以前からあったものだが。
電池がブロアーと同じぐらいの値段がするし。
これまでの“これはちょっと”充電式もあって使ったことはなかった。
もっとも普及している充電式の工具はドライバーだと思う。
充電式工具の普及には電池の重さが作業に影響を与えない条件が必要なのだ。
精度が要求される作業では重さが仇となる。
充電式マルノコを使ったことがあるが駄目だった。
重くなって使いニクいだけなのだ。
それにマルノコが充電式である必要はなかった。

充電式の掃除機も使ったことがあるがコレは重さとかの問題以前に使い物にならない。
掃除機として駄目だった。
さて充電式のブロアーはどうだろう。


そもそも充電式の工具が必要とされる原因は電源だ。

マルノコの場合は加工材の方を動かせばいいからそもそも充電式である必要などなかったのだ。

サッシのクリーニングでブロアーを使っているのだが。
これは使える。
電源を取るのが面倒くさいからブロアーを使わないことはよくあるが。
作業の性質を考えるとブロアーはドライバー並に充電化向きの工具なのではないか。
どうしていままで使わないでいたのか!
電池も1時間ぐらいはもつのだ。
バッチリじゃない。


そんな思いを胸に一昨日の朝。
俺は詰所で“充電ブロアーのもう少しコンパクトなやつがあればいいのに”と話していたのだ。
“いやぁ!充電ブロアーは使えるねぇ”と言うと。
向かいにいたコガワちゃんがいきなり
“どっちなんだよ!”
ツッコミを入れた。
俺は一瞬、意味がわからなかったが。
コガワちゃんは俺が充電ブロアーに文句を言っていると思っていたようだ。
ムカムカしながら聞いていたのかもしれない。

しかし俺が充電ブロアーは使えると言わなければ。
コガワちゃんは俺が充電ブロアーは駄目だと言っていたと思ったままだっただろう。
別の機会に誰かと充電ブロアーについて話す時には俺が駄目だと言っていた話しになるかもしれない。

誤解発生のメカニズムの瞬間を見たような気がしたのだ。

国語的な読解力の問題も絡んでいるかもしれない。
俺の話し方にも問題はあるとは思っているが。
誤解・曲解要注意だと思っている人達がいるな。
誤解しない人は俺に悪意を持っていたとしても誤解しない。


ヨウイチロウ震撼。
ヨウイチロウだけではない。
下請けさんに動揺が。
派遣大手のグッドウィルの廃業。
“悪質な日雇い派遣を繰り返していた”
グッドウィルは相当悪質だったらしい。
そう言って不安を拭い去ろうとしている下請けさんに。
“そうなんだ。
〇〇の違法派遣は良質なんだ。”
トドメを刺す。

どうやら日雇い派遣はもうおしまいみたいだな。
延命の為には見つからないように事故を起こさないようにするしかないだろう。
監督署だって建築現場の実態はわかっている。
日雇い派遣の人間は見ただけでわかる。
ただ、事故になって書類が提出されて違法な日雇い派遣の実態が明らかになってしまったら指導しないわけには行かないようだ。
横浜の事故で処分だか指導だかを受けて結局、今後はどうするべきかを尋ねたら“見つからないようにするしかない。”
と言われたらしい。

彼らも提出された書類の中に違法性があれば見逃すわけにはいかないのだ。


しかし、ヨウイチロウの心配はそんなこととはまた別のレベル。
なんだか仕事が薄くなってきているらしい。
3分の1ぐらいは休まされているらしい。
明日の仕事が心配なのだ。
下請けさんの質も幾分よくなってきている。
バーバリアンの篩の網目も大きくなっている。

下請けサバイバル状態。

夏になって汗臭くなってきてヨウイチロウも潮時かと思っていたが。
あまりに必死のヨウイチロウを見て仏心が。

クリスのサバイバル・エデュケーション!
BGMはもちろんサバイバーの“アイ・オブ・ザ・タイガー”だ。
ついて来れるかな?
レッスン開始!
違う!違う!
ヨウイチロウ!
違うよ!
お前の労働集約的な努力などサバイバルにはなんの役にも立たない!
お前は今、何号棟の何号室にいる?
次はどの部屋だ?
今日は何号室からはじめた?
俺は部屋を移動する度にどの部屋にいるのかを尋ねた。
頑張れヨウイチロウ!
チャラ男ならスラスラだぞ!
チャラ男に仕事を奪われてもいいのか!
前の部屋・次の部屋を確認しながら進めた。
頑張れヨウイチロウ!
お前は生き残るのだ!
サバイバーだ!
厳しいサバイバルレッスンは続いた。

ヨウイチロウは明日は違う現場になってしまったが。

俺のレッスンの意図を感じ取ったようでお礼を言ってきた。
生き残れるかどうかはさだかではないがな。


日雇い派遣労働者は雇用に恵まれていないわけではない。
ウチの会社に入ろうと思ったらいつでも入ることが出来る。
彼らが日雇い派遣に甘んじているポイントはひとつ。
他人に指図したくないのだ。
指図されたくないのではない。
他人に指示することが本当に苦手な人達がいる。
日雇い派遣労働者はそんなナイーブな人達の集まりだ。
6月25日(水) ベリー・スーパースティション


常識なのか迷信なのか?
不文律ってヤツなのか?
俺はそんな類のことに滅法弱い。
俺の家庭がそんなことに頓着しない家庭だったからだろうが。
無意識に周囲のコンセンサスを踏みにじっているようだ。
まさにバーバリアン的なのだ。

額縁は踏まないものらしい。
吐き出しのサッシの額縁は踏んではいけないものらしい。
強度の問題と言うよりは宗教的な慣習に近いようだが。
知らなかった。
敷居を踏むな!
畳みの周り縁も駄目らしいのは大人になって聞いた。
現場の詰所で俺は非常識な人間として孤立してしまったのだが。
“どうして?”の問いに答えられる者はいなかった。

みんななんとなく言われたような気がするとか。
そんな感じだ。
常識とかマナーとはそんなものかもしれないが。
なんの為にあるのかその常識?
意味不明だ。
そんな迷信をみんなしてふりかざす愚。
ちょっと呆れた。

敷居を踏むなだって新興思想のバリアフリーにあえなくノックアウト。
屁理屈を打ち負かす痛快なロジックが欲しい。


そんな話しをアッキーとしながら帰っていたが。
アッキーは何かを咎められて意味不明だったとしても“これは理由を聞かない方がいいな。”と思う時があるらしい。

俺にはない。
まったくない。
しかし、ほとんどの人はそれを感じているのか?
超能力だな。
と言うか俺が欠落しているのか?
その能力。

理由もわからない迷信にみんなが従っている。
超能力ソサエティが形成されて俺は弾き出されてしまうのか?

しかし詰所のソサエティをもって世の中を判断するのは危険だ。
一般的な人達と比較するとかなりナイーブな人間の集まりだ。
ウチの会社も下請けさんも。
かなりナイーブ。
6月25日(水) かわいそうな人間がいるものだ。


南大沢の現場の隣にはちょっとした林がある。
ウグイスだかメジロだかがきれいな声で鳴いている。
“♪ホーホケキョ”
きれいにホーホケキョと鳴いているのだ。
見事なモノだ。

俺はバルコニーのサッシのクリーニングをやっていたのだが。
仮設分電盤がバルコニーにあって電気屋のジイサンが電気が来てないと困っていた。
俺にしてみたら完全に邪魔なだけの存在だったのだが。
ちょっと世話をやくような感じの会話になった。
電気屋と言っても雑工事のジイサンで。
本設の分電盤の周りを掃除している人だったのだ。

俺に気を許したのかウグイスの鳴き声を語りはじめた。
“高音・中音・低音全部きれいに出ている。”
ウグイス・マニアだったようだ。
ジイサンはウグイス捕獲の野望を語りはじめた。
ウグイス捕獲の違法性とは関係なく。
ジイサンの流儀において、ウグイスの捕獲は冬にやるべきらしい。
春や夏に捕獲は非道。
冬になったらウグイスを捕まえる罠を仕掛けるつもりらしい。
ジイサンは極上スポット発見の喜びを誰かに伝えたかったのだろう。
ウグイス業界以外の誰かに。
ジイサンのエルドラド。


一般的な見地から見るとジイサンは立派な人間の部類には入らないかもしれない。
しかしジイサンはエルドラドにたどり着いた漢なのだ。
勝ち組の笑みを浮かべいた。
ウグイス捕獲の違法性は分からないが。



世の中にはかわいそうな人間がいるもので。
こんな俺でも簡単に説教ターゲットにしてしまっている男がいる。
アッキーだ。
アッキーはギターを弾いている。
いっしょにバンドをやっていた事もある。
音楽の専門学校に通っていたらしく流暢に演奏することは出来る。
しかし、根本的にミュージシャンとしてはななか大切なモノが欠けている。
そのことをカミジと話した時にカミジは。
“もっと心を込めて演奏しろ!”だと言ってしまった。
言ってしまったな。
とにかくその一言に尽きるのだが。
カミジもそんなダサいことは口にしたくなかったようで。
言い終えた後は肩で息をしている感じさえした。

もっと心を込めて演奏しろと言うのも恥ずかしいし。
言われた方も何のことだか分からないと思う。

そんな訳で俺は“これこそ心の込もったギター”を発見したらアッキーに教えたりしているのだ。

素晴らしい演奏を発見!
ローリングストーンズのスティッキー・フィンガーズの中の“ビッチ”。
このビッチの中のギターのオブリガードは素晴らしい。
ギターのリフレインの間から“♪ぺろろ〜ン”
何でもないような“♪ペロロ〜ン”だが非凡だ。
心が込もっている。
バランス的には控え目だがそんな部分でもチカラを抜かない。
演奏者の人柄までもが伝わってくるような演奏だった。
スティッキーフィンガーズ当時ローリングストーンズのギタリストはキース・リチャーズとミック・テイラー。
音バランス・曲の中の存在感から考えてキース・リチャーズがリフレイン。
キースに押さえ込まれながらも律義に演奏に取り組むミック・テイラーその人柄までをもアッキーに伝えようと思った。
しかし、ちょっと不安もあったので。
ローリングストーンズ博士のイムラにどっちがどっちか聞いてみた。
イムラ博士は“たぶんそうだと思う。”
博士のお墨付きを得た俺は心おきなくアッキーに説教モードで“ビッチ”を語った。

昨日、仕事中にイムラ博士は携帯画面を俺に見せてくれた。
ユーチューブからダウンロードした“ビッチ”のライブ映像。
当時のモノだ。
なんとオブリガードはキース・リチャーズ。
それも律義とか控え目ではない。
全身全霊。
渾身のオブリガードだ。
曲そのモノがオブリガードのためにあるかのような。
さすが!
ギターの神様エリック・クラプトンを子分扱い出来る漢。

いい加減な知識でいい加減な説教。
かわいそうな人間がいるものだ。
アッキーすまん。
6月24日(火) テイク・イントゥ・ザ・ブリッジ


ロザンヌ・ロザンナダナの練習だった。
西荻のスタジオまではいつも自転車で行ってるのだが。
突然の雨。
慌てて電車に変更したが駅に着いたらもうあがっていた。
通り雨だったようだ。
残念。


ブースターズのライブを見に来てくれたカミジは店で女の人に“中村俊輔に似てる”と声をかけられたらしい。
ナンパされたのか?

中村俊輔は微妙だなあ。
微妙でもないけど。

中村俊輔を人類最高の男だと思っている女の人はたくさんいるだろうが俊輔に似ていたとしても。

杉山愛似もやっぱりマズかったのか?

ダレダレに似てるは日本独特の表現らしいが。

初対面に人間を認識するときに分類する方法としての“ダレダレに似てる”が発達してきたのではないだろうか?

ダイアナ・ロスがなければ俺は小椋さんの奥さんを確認出来なかったかもしれない。

カミジは小椋さんの奥さんを美人だと言っていたが。
俺のダイアナ・ロス科の分類は全否定していた。
大地ぐらいになるとダイアナ・ロスはおばさんとしてしか認識出来ないらしい。
似てるシリーズは使用上の注意よく読んでから使うべきみたいだ。

カミジは中村俊輔似だと言ってきた女の人を中村玉緒みたいな女と表現していた。
カミジにとって中村玉緒とはなにを表す記号なのか?

分類の為の記号としての“似てる”には一般性などはなく、個人的な活用に留めるべきなのかもしれない。


ミルトンさんからメールが届いた。
クリス日記でサビに関して書いた時に書き落としていたことがある。
ミルトンさんからのメールは予期していた。
サビは英語でブリッジだと書いてあった。
そうなのだ。
そのことは昔にミルトンから聞いていたのだが。
俺はいま一つしっくりきていなかった。
疑問を投げかけることはなかったが。
受け入れてはいなかったのだ。

ブリッジがサビ?
橋だろう?
問題はそもそもサビとはなにかと言うことだろう。
日本の言葉で。
寿司のワサビが語源らしい。
間に入ってピリッと効かせる。

音楽の中に英語でブリッジと呼ばれる部分がある。

“間に入ってピリッと効かせる。”
それだけならブリッジは条件を満たしているのだが。
日本語の中でサビは“間に入ってピリッと効かせる”からいくらか成長してしまったのではないだろうか?
ブリッジが直ちにサビだとは思えなかった。

ジェームズ・ブラウンは録音された作品の中でもブリッジの前のになると。
テイク・イントゥ・ザ・ブリッジだか。
ゲット・イントゥ・ザ・ブリッジとか言っている。
“ブリッジ!ブリッジ!
この後ブリッジだからな!”
ちょっと心配性の人みたいにブリッジに突入していくのだ。
ちょっと展開してる感じで確かにピリッと効いている。
だが、しかし!
俺の考えるサビとはちょっと違う。
サビにとってもっとも大切なモノが欠落している。
歌だ!
ブリッジ祭り!
大騒ぎしてブリッジに入っていくが。
そこでは歌ってないのだ。
歌のないサビ。
インストゥルメンタルの曲にもサビはあるだろう。
それならわかるのだが。
歌モノの曲で歌のない部分がサビはないだろう。

ジェームズ・ブラウンはブリッジでも歌っているが難聴の俺には聞こえていない不安も。

とにかくブリッジはかなりサビに近いものかもしれないが。
サビそのものではないと思う。

そもそもサビとはなんなのか?

俺はケンちゃんのサビ理論を全否定してしまったが。
俺にもサビとはなんなのかよくわかっていなかったのだ。

ブリッジはサビに近いのだが。
スティービー・ワンダーの“サー・デューク”みたいな曲では。
間奏のホーンがブリッジになってしまうような気がする。
俺が考えるサビは別の部分だ。
6月23日(月) 保護者同伴!ラストサムライ!


ブースターズのライブ。
小椋さんは奥さんを連れて来ていた。
“ラスト・サムライ保護者同伴”
自分からそんなことを言っていた。
クリス日記のタイトルまで考えてくれているようだった。

カミジも見に来てくれた。

みんなクリス日記の業務連絡を真に受けてボー・ディドリーを聴いてきたようだ。
ベースの森尾君はCDまで買ったらしい。
俺は音源を持っているのかいないのか?
探してもいなかった。

しかしブースターズはもう少し練習が必要なようだ。
もう少し曲を覚えなければならないだろう。
このまま練習しないのなら4つ以上のコードが出てくる曲は演奏しない方がよさそうだ。
俺や森尾君が覚えていないのはまだなんとかなるのだが。
歌を歌う人までが覚えてないとなると。
誰も知らない曲をとにかくやってみている状態。

ジャイアン野口なんか自分のオリジナル曲を間違えていた。
間違えるにしても間違え方がある。
ギターイントロをジャカジャカ弾いていたのだが。
なんだかしっくりこないようだ。
歌に入ってしばらくしてから違う曲を弾いていた事に気付いたみたいだが。
どっちにするのか?
結局辞めてしまった。
心と身体がバラバラ。
性同一性障害ってあんな感じなのかもしれない。

ちょっとはオトナになってきた感じもしていた野口も昨日はしっかりジャイアン化していた。

ジャイアン野口は小椋さんの加入は歓迎しているものの。
バンドの主導権は奪われたくない。
その程度の状況でも心の整理が出来ないようだ。
複雑な状況を受け入れるのが苦手なようで。
寿司屋でもマグロしか食べない。
お子様ランチ野郎。

久しぶりのジャイアン野口な夜だった。

ローリングストーンズのイアン・スチュアートとかチャック・ベリーのバンドのピアノの人。
ジョニー・ジョンソンだったかな?
世の中にはあんな感じの人間がもっと必要なのだろう。
オトナ・マン。

“漢の虫”
性同一性障害を抱えているのはなにもジャイアン野口ばかりではない。

ヤケに謙虚な小椋さんの姿勢の中で漢の虫が繁殖しているのは間違いない。

ブースターズの中では森尾君が一番オトナマンだ。
昨日はあんまり元気がなかったみたいだ。

小椋さんの奥さんは最初みた時にはわからなかった。
変わっていたからではなく変わってなかったからだ。

元々そんなに頻繁に会っていたわけではなかった。
野口が女の人と話していた。
女の人が俺に会釈。
どこかで会ったことがあるのか?
ダイアナ・ロス顔だ。
ダイアナ・ロス?
小椋さんの奥さんだ!
認識するのにこれぐらいの時間を要した。

“娘さんかと思いました。”
オトナマンの俺はそう言って挨拶した。


外人が来ていた。
英語の先生らしい。
“サビ”を英語で何と言うのか聞いてみた。
“コーラス”らしいが。
コーラス?
なんだかピンと来なかった。
サビを上手く伝えられなかったのかも。
コーラス・ラインはサビ線?

まったく期待などしていなかったが現場の詰所でアッキーにも聞いてみた。
“サビって英語で何かなぁ?”
向かいにいたコガワちゃんが“ステンだよ。”
“ステンレスは錆びないからステンレス。”
勝ち誇ったように言っていた。
サビ違いだが。
それは知らなかった。
ウチに帰って調べたら錆びはステンだがステンは錆びとは限らないようだ。
ラストと言う言葉が錆びでラストを含めた汚れ全体がステンらしい。
なかなか勉強になった。


俺達は普段ステンレスのことをステンと呼んでいるがこれはかなり間違った呼び方になる。
Mr.Childrenをミスチル。
ミスター・ドーナツをミスドと呼ぶ以上に間違っていないだろうか。

“額縁にステンが付くからさあ。”
“エイジングってことですか?”
わざと汚すタイプの仕上げもあるのだ。

世の中、問題のある略語も多いが。
“レス”を略しちゃダメだった。
ホームレスをホームと呼んでいたようなものだったのだステンレス。
うっかりしていた。



音楽博士のイムラに聞いたら。
チャック・ベリーのバンドのピアノの人はジョニー・ジョンソンで合っていた。
ソロのアルバムもあってジョニー・ビー・バッドなんて曲も入っているらしい。
本当にいい人そうだからなあ。


エミリー・ウングワレーの“大地の創造”は見る角度が大切なようだ。
電車の広告は角にあってアールがついている。
立って正面から観てもなにがなんだかわからない。
正面に座ってちょっと下から覗くぐらいの姿勢でみたらトリップ出来る。
距離もちょうどいい。
6月22日(日) ラシドレミファソラ


今朝の日曜美術館でもエミリー・ウングワレーが取り上げられていた。
六本木の国立美術館でも展覧会をやっているようだ。
代官山の展覧会よりも規模が大きそうだ。

京王線の車内にもエミリー・ウングワレーの展覧会の広告が出ている。
“大地の創造”とか言うタイトルの作品だが。
昨日永福町で急行待ち合わせをしてる間にトリップしてしまった。
絵のずっと奥まで入ってしまった。
入り口の白い光が一番最後の光だとわかった。
ずいぶん長い旅をしていたようだったが急行を待ってる間の事だった。
栗より美味い。
焼き芋みたいな芸術だ。

音楽が時間の芸術なら。
美術は光の芸術だと思っていたが。
素晴らしい作品は時間さえ揺さぶるのだ。
もはやドラッグだ。
禁止されるかもしれない。

“大地の創造”は日曜美術館でも紹介されていた。
あんなに大きな作品だとは思ってなかった。

午後になるとエミリー・ウングワレーのことばかり考えるようになってしまった。
六本木の展覧会にも行くべきだろう。

ちょっとヤバい。

栗より美味い心地よさがある。
観点の移動なのか?
CGステレオグラムってあるがアレを見てるときの別世界感。
彼女がCGステレオグラムを利用しているわけでもなく。
感動はまったく別な種類なのだが。
観点移動の快楽みたいなものがある。
音で言ったらドレミファソラシドが観点を変えてラシドレミファソラになったら気持も変わってしまうような。
それくらい単純なことかもしれないが。
みんな気づいてないのだ。

盲目の優れたミュージシャンがいるように。
俺は難聴になった分、光に反応するようになってしまったのかもしれない。
絵を描きはじめるつもりはまだない。


高田馬場のディグライトでブースターズのライブだ。

新しく出来た地下鉄で行ってみる。
副都心線だ。
駅がどこにあるのか知らないが西早稲田で降りてみる。
新宿三丁目の駅はまだコンクリートの匂いがしていた。
案外浅いところを走っている。
ホームもやけに広い。
ちょっと驚きの広さだった。
地下鉄の中でも急行とかがあるようだ。
あれっ?
東新宿の駅のホームは狭い。
なるほど!
東新宿で急行の通過待ちだ。
停止位置がずれているらしいが。
急行が通過するまで直せないようだ。
降りられなくなっている人もいた。
次ぎがもう西早稲田らしいが店まで近いのかは謎。
東西線とも接続していなかった。
西早稲田の駅には壁画があった。
渋谷の銀座線のところの壁画と同じ作家みたいだが。
パッとしない。
ラシドレミファソラとは聞こえない。
6月22日(日) スティッキー・フィンガーズ


仕事の休憩中に携帯電話で飛行機のチケットを予約していたら大地から電話が掛かってきた。
ベースドラムを貸して欲しいらしい。
大地は弾き語りをやっていてベースドラムを踏みながら歌っているらしい。
観たことはないのだが。
夕方にまた電話すると言っていたが。
帰りの電車の中でもまた掛かってきた。
ウチに帰ったらすぐまた掛かってきて。
今から借りたいと言ってきた。
もう向かっている。
あと10分ぐらいて着くと言う。
えらく急だが。
マジかよ?
ベースドラムを借りるとゆうことがどんなことだがわかっているのか?
俺はシャワーも浴びずにベースドラム発掘に取り掛かる。
まずクローゼットの前を扉が全開出来るように片付け。
クローゼットの扉は4分割で2つずつに折れ曲がるタイプなのだ。
なんとか全開できたが。
ベースドラムは一番下。
上に乗っかっているものを全部出す。
全部出してみたが。
隣の衣装ケースのヤマが邪魔でベースドラムは出せない。
無理矢理出そうとしてクローゼット壁のクロスをひっかいてしまった。
クローゼットの扉は外れるし。
なんとか出せたが部屋は滅茶苦茶。
玄関まで出そうとすると今度はキッチンとの扉が全開にならない。
扉の前のスチール棚の何かが邪魔しているようだ。
普段は完全に開くことなんかないから気付かなかった。
今度はスチール棚と格闘だ。
掃除機の先っぽが引っかかっていた。
なんとか玄関まで出せたが。
部屋は滅茶苦茶。

ここまでを“もしかしたらクルマに積めないかも知れない”とゆう懸念を抱えながら。

大地はかっこいいクルマでやってきた。
メルセデスのスマートのパチものみたいなクルマだった。
それも相武紗季似のきれいなカノジョに運転させていた。
積めるのか?
積めなくてまた戻すなんて考えられないことだ。
小雨降る中。
相武紗季似の美しいカノジョの笑顔だけが頼りだった。

なんとか積むことが出来た。
カノジョの笑顔のおかげだろう。
美しいカノジョの運転するかっこいいクルマに乗って大地は去って行った。
後には滅茶苦茶になってしまった部屋と汗だくの俺。

高井戸のニッポンレンタカーは改装中だし。
俺が解雇の不安に怯える派遣社員ではないことが唯一の救いだった。


しかし美人と俺の位置関係を考えたら。
友人の配偶者もしくはカノジョとゆうのは理想的かも知れない。
友達は出来るだけきれいな女性とお付き合いして欲しいものだ。
例えばエビちゃん。
エビちゃんとお付き合いしたいとは思わないが。
友達のカノジョがエビちゃんだったら。
その友達とはお付き合いしたい。
絶対にいい人に違いない。

大地が“いい人”かは別問題だが。



雨が止んだのでスーパーへ買い物に行った。
ちょっとした失敗をしてしまった。
オリンピックはレジ袋有料化の店だが。
俺はお構い無し。
レジ袋に5円を徴収されるが5円なら安い。
お構い無しに払っていたが。
有料化のためにレジ袋は特大。
ゴミ捨てを考えたら特大も有り難かったのだが。
なにを買っても特大レジ袋。
ガム1個でも5円払えば特大レジ袋かも知れない。
さすがにウチの中にも特大レジ袋がだぶついてきた。

エコバッグ持参で出掛けたのだ。

買い物をしてどのレジに並ぼうかと美人レジを選んでいたのだが。
自分がエコバッグを持っていないことに気がついた。

いつもの癖で手ぶらで店に入ってしまったのだ。
エコバッグは自転車のカゴの中だ。
どうする!
このままエコバッグを取りに行ってしまったら。
“ちょっとお客さんすみません。”
万引きGメンの餌食だ。
ニュース番組の特集でエコバッグを利用した新手の手口として紹介されてしまうかも知れない。
“違いますって?
レジでお金払いましたか?違いますか?”
身元引き受け人?
犯罪抑止を考えたらあんなに効果的な番組はない。
“しかし万引きするにしても。
特売品ばかり?
万引きするんだとしたら関係ないような気もするんですが。
万引き犯の心理はわからないものですねえ。”


だからと言ってカゴの中のものを全部戻してエコバッグを取りに行くのも考えものだ。
特にジャージャー麺は瀬戸際半額商品。
戻して戻って来たらもうなくなっているだろう。

レジ袋を買えば済むことなのだが。
せっかくエコバッグを持ってきているのだ。
何日も前から“エコバッグ!”と思っていたのだがいつも忘れてしまっていた。
やっと持参して来たとゆうのに。

そこで俺はレジてお金を払いレシートを持ってエコバッグを取りに行こうと考えたが。
実際にお金を払ってしまうとカゴを持って取りに行くのは馬鹿らしくなってしまった。
袋詰めカウンターにカゴを置き去りにして袋を取りに行った。


環境に配慮して有料化したために起こるレジ袋特大化。
いったん配慮しはじめたらとことん配慮が必要なようだ。
大中小。
20円10円5円ぐらいの設定でいいのではないかとも思うのだが。
そこは商売。
気高い精神を持って環境問題を啓蒙している場ではないのだ。
結局は“つまらないことで文句を言われたくない”のだろう。

弱味につけこんでレジ袋でも収益をあげようとする姿勢を見せてくれていた方が俺は心地いい。
6月21日(土) 大いなる稲荷寿司バンド。


ケンちゃんの家庭崩壊の危機によって中断されていたミサイル兄弟の練習が再開された。
崩壊の危機は回避されたようだが。
何が起こっていたのかは不明だ。
黙示録のように現れるケンちゃんの曲によって読み解くしかないだろう。

砂嵐の荒野。
放課後の教室。
高級ホテルにブランドショップ。

次にケンちゃんが立っているのはどこだ?
特に関心はない。

井手ちゃんが曲を作ってきたのだが。
サビ論争が再発してしまった。

ケンちゃんはどんな風に音楽を捉えているのか?
まるで未開の地の原住民にいきなり音楽を聴かせて解釈させたようだ。
循環するコード。
そのコード進行の中の4小節を捉えてサビだと主張していた。

食料品の原材料や産地の表示には厳しいルールがあるようだが。
音楽にもそんなルールが適用されるとしたら。
明らかに不当表示。
スーパーマーケットの惣菜コーナーの“サビぬき”ステッカーの貼られた寿司。

そもそもそんな表示は義務ではないだろう。
寿司にワサビがあるように。
ポップミュージックに於いてサビはあって当然の存在になってしまっているようだ。

作曲者としてのケンちゃんはサビ強迫観念にとりつかれているようだ。
井手ちゃんの曲なのに。

ケンちゃんをサビの呪縛から解き放つ!

ミサイル兄弟。
“大いなる稲荷寿司バンド宣言”
ケンちゃんよ安心して眠るがいい。

しかしちょっと待てよ?
そもそもサビとは?
なんとなくケンちゃんは曲のタイトルが出てくる部分をサビと呼んでいるだけではないか?

最近はちょっとピリッとする具が入ってる稲荷寿司もある。
ミサイル兄弟よ!
そんなバンドを目指せ!

決して太巻き寿司バンドにはなるな!

稲荷寿司と太巻き寿司にはコールドプレイとワンリパブリック。
ブラーとオアシス。
カルチャー・クラブとデュランデュラン。
レッド・ツェペェリンとキングダムカム。
ビートルズとムーディーブルースぐらいの違いがある。

稲荷寿司黙示録。
ケンちゃんのファミリー・アフェアーはなんと連呼されるのか?
執拗なタイトルの連呼。
新たなサビの概念の創造。

ケンちゃんの野望は俺が考えているようなスケールを超えているのかもしれない。

サビって英語で何と言うのだろう。
そんな概念自体が全世界的にあるのかもよく分からない。
6月20日(金) 肩揉みの修行じゃ!アッキー!


シンコペーションがこんなにも坐骨神経痛に障るとは。
ロザンヌ・ロザンナダナの練習だった。

ヘビーメタルインフルエンスを色濃く残す大地の曲は全力シンコペーション。
1.5フレーズだって軽くはない。
重いモノには注意するように言われていたのだ。
シンコペーション祭りの曲もあるのだが。
対応を変えるべきだろうか。

最近になって大地はマーシャルのアンプを使い始めた。
ずっとローランドのジャズコーラスを使っていたのだ。
俺が子供の時分からある日本の名機だ。
“足るを知る”
若いのに感心なヤツだと思っていたのだが。
大地の中にも“漢の虫”が潜んでいたようだ。

カミジは家具調ベースを盗まれてからフェンダーのプレシジョンベースを使っているが。
マーシャルが相手だと適わないと訴えていた。
何を争っているのだ?
エレクトリック楽器を演奏する人間の増幅願望。
俺の理解の及ばない領域だ。
俺はモニターにも自分の音はほとんど返さない。
出来れば増幅して欲しくないぐらいだ。

ライブハウスの音の大きさにも辟易している。
あんな騒音の中には居たくない。
俺はすぐに店を出てしまうのだが。

最近ブースターズがやっているようなPAが貧弱な店は最後まで居れる。
他の人達の演奏も聴いていられるし。
自分自身も心地よく演奏出来る。
そんなに広くもないライブハウスであんなに大きな音を出す必要があるのか?
やっぱり“漢の虫”?

それとも俺が難聴だからなのか?
とにかくジャズコーラスの時の方がサスティーンがあったのは確かだ。


難聴を説明しとこう。
音が聞こえない状態は“無”ではない。
どちらかと言えば満員状態。
音を感知する部分がもういっぱいで。
入ってきた音を認識できない状態だろう。

容量が小さくなってしまったのかもしれないが。
そこに静寂があるのではない。



昨日の南大沢現場には理想のチャラチャラした若いヤツがやって来た。
あんなにチャラチャラしたのは数年ぶりだ。
鬱屈した中年男の琴線を揺さぶる見事なチャラチャラぶり。
脳内ホルモンの分泌のバランスが乱れているかのように落ち着きがない。
理想の“近頃の若いモン”だ。
おそらくいつの時代にもこんな理想の“近頃の若いモン”はいたはずだが。
常に時代の最先端を疾走しているかのような扱い。
実際、あらゆる産業が本当に求めているのはこんな“近頃の若いモン”なのかもしれない。
朝礼ではラジオ体操があってウッカリ災害防止体操があって肩揉みがある。
どうせ“近頃の若いモン”的な気の抜けた肩揉みだろうと思っていたら。
案外上手い。
ツボをきちんと探って的確な肩揉みをやってきた。
“近頃の若いモン”も怪しくなってきた。

しかしそれに比べてアッキーの肩揉みはなんだ?
アッキーは肩揉みの意味がわからないらしい。
本当に人間の本質的な深味に欠ける男だ。
喝!
“近頃の若いモン”は俺のグループに入ってきた。
予想通り、仕事のポテンシャルは低くはない。
ただ、休憩時間には合コンの話とナンパの話で鬱陶しかった。
なんのオチもない話を延々と話し続けていた。
“近頃の若いモン”は安全靴を忘れてきていた。
何か言い訳をしようとしていたのだが。
コガワちゃんが“言い訳はいいから!”と遮ってしまった。
なんてことをするんだ!
コガワちゃん!
下請けの人材派遣会社においてはすでに絶滅危惧種に指定してもいいだろう“近頃の若いモン”
次にいつ出会えるのかはまったく期待出来ない。
もう言い訳を聞けないかもしれないのに。
“近頃の若いモン”の言い訳を聞いてみたくないのか!

ぼやぼやしてると日雇い派遣自体が絶滅するぞ!

“近頃の若いモン”君の脳内ホルモン分泌バランスもあと2・3年もすれば安定してしまうだろう。

少子化も関係しているのだろう。
理想の近頃の若いモン減少問題。

バカみたいだけど実はそれほどバカでもない奴ら。
ジジイに文句言ってるより“近頃の若いモン”に文句言ってる方が健康的なのだが。
ジジイ軍団は近頃の若いモンを笑えないだろう。
誰が近頃の若いモンより優れているのだ。

アッキーももう少し肩揉みをちゃんとやって欲しいところだ。
6月19日(木) マジカル・ミステリー・ツアー!


ショウから電話があった。

クリス日記を読んで電話してきたのではないようだった。
ショウは今 バスの運転手をやっている。
結婚して子供もいる。
家も買ったらしい。
ちゃんとした会社で働いていると簡単に住宅ローンが組めると言っていた。

しかし、そのちゃんとした会社でのちゃんとした仕事がショウを追い詰めているようだ。

目標もなく何の達成感もない仕事。
そんな仕事を平然とこなしている周りの人間。
“みんな学校の先生みたいなクルマに乗ってるよ。”と言っていた。
学校の先生がどんなクルマに乗っているのかは定かではないが。
ショウにとって乗っているクルマはその人間を判断する上での重要なポイントみたいだ。

確かにちょっと考えただけでもバスの運転手の仕事における充実感の希薄さは想像できる。
ちゃんと走って当たり前。
後は減点のみの評価だろう。
そんな仕事に耐え続ける人間。
周りの人間を見て“こいつらダメだ”と思ってしまう。
その“こいつら”と同じになる前に抜け出したい。

漢の中の虫。
ショウのヤマっ気がうずき出してしまったようだ。

安定した待遇と報酬。
その上に充実感や達成感みたいな“ヤリガイ”までも仕事に求めてしまうのは贅沢な気もした。

俺の仕事にもチープな達成感はある。
それは待遇までもがチープだからこそ成り立っているのかもしれない。
達成出来ないリスクがあってこそはじめて発生するだろう達成感。
そのリスクの中に“安定した待遇を失なう”が入っていなかったとしたら。
リスクですらないだろう。
ヤリガイを放棄することによって獲られる待遇と言うものがあるのだろう。


しかし、急速に拡大するモラル社会。
本来、人間はそんなに立派なものなのか?
バスの運転手に対する締め付けもそうとう厳しいようだ。
“昔はこんなじゃあなかった。”
ベテランの運転手はそう言っているらしい。
運転手に限らず、昭和のモラルはこんなじゃなかった。
人間相手の仕事は大変になっている。
高度なモラルによって社会はいくらか脆くなってしまうのではないか。

俺の親父は警察官だったが今は警察官なんてやらない方がいいと言っていた。
やるんだったら自衛隊。
理由は自衛隊は一般の人間と接触しなくていい。
なるほどそうかもしれない。

モラルの高度化が作りあげるお犬様社会。
戦争中みたいなガチガチ感さえ感じる。

ポイントは“つまらないことで文句をいわれたくない。”だろう。
まっとうな考えだと思われるが。
“つまらないこと”がものすごい勢いで増殖している。
ちょっとした“つまらないことで文句を言われたくない。”気持が。
大きなうねりとなって世の中をおかしな方向に導くのかもしれない。

小手先のリスクマネジメントによって大きな危機が生み出されているような恐怖がある。

つまらないことで文句を言われたくない発想の損益感覚は盗人や乞食と変わりはない。

つまらないと思うなら戦うべきだ。

声の大きな人間が正しいとは限らない。

バスの運転手はクラクションの鳴らし方までクレームを受けるらしい。
ショウは乗用車みたいに止まれないと愚痴っていた。
バスを運転した経験のない者のクレームは無視するべきだろう。
クレームがあるとペナルティーがあるらしい。


つまらないことで文句を言われたくない気持がお犬様社会を作り上げているようだ。

ショウの声はデカかったのだが。


バスの運転手を辞めるのはちょっと待って欲しい。
考えてみたら俺はまだショウの運転するバスに乗ってない。
たぶんスペシャルなバスだろう。
中野と渋谷の間を走っているらしい。
マジカル・ミステリー・ツアーだ!
6月18日(水) ヨウイチロウ・ピンチ!


昨日は半年ぶりぐらいに調子よかったのだ。
坐骨神経痛のことだ。
原因として考えられるのはゴンから伝授された坐骨エクササイズ。
ゴンもいろいろと身体に気をつけながらサッカーをやり続けているようだ。
昨日は神経痛の呪縛から解き放たれたようなすがすがしさがあった。
今度会ったらゴンには鰻ぐらいはご馳走しなければと思っていたのだが。

今朝のこの痛みは何だ! ピリピリとしたこれまでの痛みとは違うし。
痛む場所も側面に移動している。
打撲のようなズンズンする痛みだ。
オーバードウズ?
考えられる原因はやはり、坐骨エクササイズのやり過ぎ?
昨日は調子に乗ってやり過ぎないように気をつけながらやっていたつもりだったのだが。
スケベ根性でやり過ぎたのかもしれない。
ゴンに鰻でもおごってもらいたい気分だ。

それよりも!
ゴンとバーガーキングの決着をつける話をするのを忘れていた。
ワッパー対決だ!
上手く表記出来ないが俺はウーパーに近い音を主張。
ゴンはフーパーみたいに言っていたのだ。
日本のバーガーキングでどちらが通用するか対決だ!
ルールは簡単。
それぞれの主張する発音でワッパーなるものを注文。
従業員のワッパーですかの質問にうなずいてはいけない。
ひたすら自分の信じる発音でワッパーを注文する。
注文出来なかったら負けだ。
発音に磨きをかけておくしかないな。
俺の場合ウーパーとワーパーの間ぐらいなのだが。
練習してると時々フーパーになってしまう。
おのれ!
フーパー!
なかなか侮れんな。

ワッパーの発音が難解なのはマイクの音声が歪んでいたせいもある。
注文を受けると厨房にマイクで伝えていたが。
歪んでいた。
あの歪みは日本にも導入されているのか?
ウチの近所にバーガーキングはあるのか?



南大沢の駅前にヨウイチロウがいた。
久しぶりの再会だ。
しかし?
ヨウイチロウの家はものすごく遠いはずでは?
仕事はかなり薄くなってきているようだ。
ヨウイチロウは始発で通勤しているらしい。
日雇い派遣が厳しくなっているのを心配していた。
ウチの会社に来ればいいじゃん。
そう言うと“あっそうか!”

しかしヨウイチロウはやっぱりやらかしてくれた。

玄関前のタイルの工事が入っているのでバルコニー伝いに移動していた。
最先端の部屋が終わって他の棟に移動するように指示した。
俺が先に歩いてヨウイチロウが後からついてくる手はずだが。
ヨウイチロウはなかなかやってこない。

他の人間に指示したりして時間が過ぎて行ったがまだやってこない?
ヨウイチロウなにやってんだ。

離れたら迷子になっちゃうから置いては行けない。
戻ってみると最後の部屋の一つ前の部屋にいた。

部屋を移動しながら作業していたので移動したら作業だと思ってしまったのかもしれないが。
その部屋一つ前にやったところじゃない!
完全に終わっているのが見てわからないんだなこれが。
次に移動する棟も午前中に下準備で全部一度は回っているのだ。
ヨウイチロウ大丈夫か!

“ちょっとボケてきましたねぇ。”って前からだよ!

撤去した養生材を片付けることに特殊な能力を発揮していたヨウイチロウだが。

今日は撤去した養生材を片付けてトン袋に詰める新たな異能力社が登場。
ヨウイチロウピンチ!

日雇い派遣もピンチ!
6月17日(火) バリアフリーと上がり框の攻防。


どちらかと言えば俺達はベッドの上で生活しているようなものなのかもしれない。


通勤電車の中、建築現場で働いている人はすぐに分かる。
安全靴を履いているからだ。
女の子が安全靴を履いてたりするとこの娘は現場で働いているのかと思ってしまう。
安全靴でなければ基本的に入場が許されない現場がほとんど。
安全靴の市場規模はかなりのものだと思うのだが。
普通の靴メーカーからの安全靴市場への参入は少ない。
安全靴でなければ絶対に買わないようなメーカーばかりだ。
当然、靴として今ひとつ。
俺はそんな贅沢を言っているわけではない。
その辺りの靴屋で売ってる靴の安全靴バージョンがあればそれでいいのだが。
そのレベルではない。
理想を言えばきりがないが。
ドラムが叩けるぐらいの安全靴は出てきて欲しい。

そもそもなんの為に安全靴が必要なのかも不明だ。
仕上がってくるにつれていきなり履物禁止になったり。

南大沢・お犬様現場でも新たな履物ルールが登場した。
事故と言うか、ちょっとした怪我があったからだ。
建築中の建物の床の扱いに関してはスタンダードなルールは存在しない。
個人・個人のメンタリティーが微妙に交錯するところなのだろう。
作業所のトップのメンタリティーによるところとなる傾向だ。
ついこの前。
工事中の部屋でも素足で歩けるようにと床養生の上から掃除させられていた。
バカ気たことだがお犬様現場だから。
やっぱり怪我する人が出てきた。
仮釘やビスが転がっているし暗かったり。
思いがけない段差があったり。
安全靴じゃないと入場出来ない現場でいきなり素足なんだもん。
今度はいきなり上履き着用。
誰も持ってきてないよ!
俺は持って来てたけど。
って言うか既に履いてたけどね。
俺は本当にルールを守れないのだ。

しかし、問題が発生。
床養生を剥がした後のルールはどうなる?

どうでもいいんだけどね。
床のメンタリティーに関しては国民的な合意は未だに形成されていない。
そもそも床とは?

和洋折衷。
かなり洋に引きずられてきているが日本の住宅は未だに折衷様式だ。

南大沢のマンションは20年前の建物を建て直しているのだが。
必要以上に忠実に再現している。
瑕疵による建て直し。
“前と違う”がクレームの対象になるからだが。

やっぱり古い。
根本的に古い。
20年前の時点でも先端の設計ではなかっただろう。

昭和のマンションだ。
玄関の上がり框が20センチぐらいの高さがある。
戸建て住宅なら分かるがマンションではかなり稀なことだ。
バリアフリーが進む昨今上がり框はだんだん低くなって行っている。
横浜のマンションでは2センチぐらいになっていた。

しかしこの上がり框の高さは床そのものの考え方まで変えてしまわないだろうか。
床に対するメンタリティーは上がり框の高さから発生していたのでは。
玄関のタタキからの高さが2センチと20センチでは床に対する考え方は違ってくるだろう。

本来、日本の家屋の床はもっと高かった。
尺という単位なら2尺は越えていただろう。
40センチぐらいはあったはずだ。
はたごでは上がり框に腰掛けて足を洗って中に入っていたようだ。

東南アジアとかで見られる高床式住居に近いカタチだっただろう。
気候風土から考えたら発想に矛盾はない。

つまり我々はこの高床式住居的な床のメンタリティーを刷りこまれたまま。
バリアフリー化に向かっているのだろう。

そのメンタリティーは欧米人にとっては床のメンタリティーと言うよりはベッドのメンタリティーに近いのではないか?

外国人向けの上がり框がないマンションもある。
扉は逆開きだ。
内開きと言うのか?

バリアフリーと上がり框の攻防。

まあ2センチが限界だと思う。
それより低いともう無くてもいいだろう。
6月16日(月) 迷わず行けるか北とぴあ?


朝の京王線に酔っ払いが乗っていた。
朝帰りのようで、酔っ払いの大声が車内に響き渡る。

記憶を失った俺はあんなものじゃないかもしれない。

ちょうどアメリカ文学の短編を読んでいて。
主人公が酔っ払っていた。
アメリカ社会における酒の位置付けはよく理解出来ていない。
飲酒がドラッグ以上に反社会的に扱われたり。
限定されたソサエティでの出来事だろうが。
お酒を飲んだだけで婚約破棄みたいな物語を読んでいたのだ。

アメリカ厳しくない?

ジョー・コッカーのDVDにも酔っ払いが出ていた。
全員酔っ払いみたいなバンドなのだが。
それとは違う。
紳士の酔っ払いだった。

珍しいものでも見つけたかのように映画の中に収まっていた。
禁酒法なんてのがあったぐらいだから。

お酒は控え目に。
毎朝のようにそう思っているのだが。
このまま行けば我が国も禁酒の国になるかもしれない。
酒のメーカーなんかはもうその場合のシュミレーションぐらいやっているのかもしれない。

ドラッグとゆう観点で言えばアルコールは十分に禁止すべき効果はあるし。


坐骨神経痛は洒落にならないぐらいになってきた。
腰痛と言うより坐骨神経痛だ。
やっぱり。
水晶で治すヤツがあるらしい。
チャレンジしてみるか。
腰の旅。
人生は腰痛治療の旅だ。


アッキーと左右バトルになった。
俺は何の迷いもなく左右を使う人間を信用出来ない。

そんな人間はおそらく方向音痴だ。
左右で説明していると破綻してしまわないか?
乗り物の場合はどうなる!
向かい合っている場合はどうなる!
左右はよくわからない。

俺は左右で説明する人間を低く見ている。
程度の低い人間だと。


乗り物みたいに進行方向があると左右は有効なのだが。
一般的な左右の使い方と逆転するようだ。

左右の概念がなくても問題はないかも。
左右のない文化ってあるのか?
主体と客体。


右と左。
どっちを言っている。
どうして迷わないのかが不思議。
道には迷うくせに。

勝手に左右を断言してるから迷うんだよ!


アッキーは明日から職長の講習を受ける。

迷わず行けるか北とぴあ。
6月15日(日) ミルトン氏秘伝のタレ


ゴンといっしょに西荻の長崎ちゃんぽんの店に。
皿うどんと長崎ちゃんぽんを食べた。

田舎のウチの近所には血うどんがあった。
看板屋が間違えたのだろうが。
あまりのインパクトにそのままになっていた。
血うどんはなかなかおいしかったのだが店はもうやっていない。

ゴンは西荻を探険しているようで気になる店がいろいろあるようだ。
俺も見過ごしていた店をチェックしていた。
筆頭はこけし屋だ。
別にこけしを売っている店ではなく飲食店。
観光地にあるようなレストランが西荻駅前にある。
朝市なんてのもやってるし。
けっこうな規模の店で駅前なのに駐車場もある。
洋食という大きなくくりで高級感はない。
昭和テイストの店だ。
資本に余裕がある感じが漂っている。
西荻駅前一帯の地主がやってるのかも知れない。
俺は完全に見過ごしていたスポットだ。
できれば女の子と探険したいのでやめておいた。

ゴンにアイルランドのビールの話をしたら。
“それはギネスだろう。”と言った。
ギネスじゃないが。
ギネスの缶にも玉が入っているらしい。
知らなかった!
アイルランド・ビール祭りに決定!
酒屋に行ったらあった。

キルケニー。
ギネスの仲間なのか3本買うとギネスのグラスがついてくるキャンペーン中だった。
グラス欲しさに6本買った。
ギネスも買ってアイルランド・スタイルでサッカーの応援だ。
飲み比べたらギネスの方が美味かったが。
ゴンはキルケニーのかたを持っていた。

ゴンのウチまでは自転車で行っていたので記憶は失なえない。
気功の帰りにスーパーでアイスを買って帰った。
30%引きだったからだが。
冷凍庫を開けてびっくり!
ハーゲンダッツが揃っていた。
記憶を失なうとゆうことを思い知ったばかりだったのだ。

ゴンのウチに向かう途中で俺の目の前を黒ナンバーの軽ワゴンが走っていた。
郵便ポストの郵便物を集めていた。
なんだかものすごくアンビバレントな状態が進行しているようだ。

ゴンにその話をしたらコスト構造について語っていた。
コスト構造。
なんだかかっこいい響きだ。

コスト構造の常識というかコスト構造のタガみたいなものがあると思った。
南大沢の現場はそのタガが外れている。
お犬様現場の常識はめちゃくちゃだ。
極端なマトリックスで考えると。
安全性の軸と事業の遂行性の軸とコストの軸。
その折り合いの中で事業は進行するのだが。
コストの軸は無視。
安全性の値がゼロの場合は決死隊的な作業。
命がけってヤツだ。
遂行性の値がゼロならば事業そのものをやめてしまえば事故は起らない。
現実は妥協点で進んでいるはずだが。
なんだか絶対的なのだ。
お犬様的なぐらいに。
オトナとしてそんなことにお付き合いするのはいかがなものかとの思いもあるが。
金のため。
お犬様騒ぎにお付き合いの毎日。


ランニングは無理なのでウォーキング。
神田川には100m毎に距離の表示が付いていた。
塚山公園で一休みのつもりだったが。
少年野球がうるさくて足を伸ばす。
藤棚みたいになっている一休みスポット発見。
藤ではないようだが。
なんだかわからない。

塚山公園の紫陽花はいま一つ。
虫にやられている。
葉っぱが穴だらけだ。


ゴンは今日はサッカーの練習らしい。
お気楽なようだが毎日仕事が大変だと愚痴っていた。
講演をやらなくてはいけないらしい。
新製品というか新システムの講演らしいが。
ゴンはそんなに詳しくはないようだ。
1時間以上喋らなくてはならないらしい。

親父の淳一君は講演弁慶だった。
交通安全の講習とかで喋りまくっていたようだ。
口からでまかせ。

適当に喋っていたらしいがある日講習が終わったあと、大学の教授という人が現れて話の根拠を問われたらしい。
そのことですらネタにする図太さが必要だろう。


ゴンはきちんと自炊しているようだ。
出来合いの惣菜は甘過ぎると言っていた。
ちゃんぽんを食べた後なのにいろんな料理を出してきた。
お腹一杯だったが食べた。
ブロッコリーの葉酸がどうのとか講釈が多かった。
その調子で講演にのぞめば大丈夫だ。

ミルトン氏秘伝のタレも作っていた。
まだまだだ!
玉ねぎの量が足りてない。
6月14日(土) ソリューション・ビジネス?


アッキーがレッド・ツェプェリンのDVDをくれた。
CDのおまけか何かについていたDVDらしいが。
アッキーの持っているDVDからの抜粋みたいなものでアッキーは要らないようだ。

大地もジョー・コッカーのマッドドッグ&イングリッシュマンのDVDを貸してくれた。

昨日はゆっくりジョー・コッカーを見るつもりでいたのだが。
仕事から帰ると“さわりだけ”“ちょっとだけ”と思ってレッド・ツェプェリンを再生させた。
風呂にも入らず。
2時間。
全部見てしまった。
CDのおまけのはずなのに2時間も。
お菓子のおまけのオモチャが肥大化してオモチャにちょっとだけお菓子がついているヤツがあるが。
もはやそんな状態では?

とっくに卒業したはずのレッド・ツェプェリン。
ジミー・ペイジってやっぱり変な人だった。
同じ頃に聞いていたせいか俺は財津和夫とイメージが重なる。

風呂入って、飯食って。
ジョー・コッカーを見た。ジム・ケルトナーがドラムだった。
天才ドラマーだったのかジム・ケルトナー。
レオン・ラッセルの動く映像ははじめてかもしれない。
レオン・ラッセルは天才ですらない。
人間ではないぐらい。
天使とか悪魔とか“天”に所属しているタイプだ。
彼は与えられた役割をただこなしているだけのようだった。
彼は曲も作るが。
それは創造とかではないだろう。
創作などではなく彼の中にあるもの、あったものを取り出してみせているだけのようだ。
インチキ新興宗教の教祖みたいな男だが。
彼の作品は魅力的。
しかし普通のミュージシャンと違って感情移入を許さない。
レオン・ラッセルを主人公とした物語は描けない。
世の中において彼の存在は道具や出来事に近い。
魅力的な卑怯者。
そんな感じはジョン・レノンも持っている。
卑怯者かどうかはこっちの問題で。
天候や災害に卑怯だと言っているようなものなのだが。

最近ホンダのCMに出ているオッサン。
あれはショーン・レノンなのか?
卑怯者は遺伝されないようだ

ジョー・コッカーはまだ若者だった。


スーパーで女の人から声をかけられた。
“クリスだよねぇ!”
誰だ?
わからなかった。
お金持ちみたいな奥様だ。
スズキさんだった。
失礼な言い方になるかも知れないが。
すっかりお金持ちが板に付いていた。
高価な服を着ているわけではないだろう。
完全に普段着なのだが。
お金持ちがにじみ出ていた。
幸福そうだった。
お金の有る無しは女の人にとって大きい。
見た目にあらわれしまう。

成功した女性ミュージシャンの苦悩もその辺りにあるようだ。
ゴージャスが売りの人はいいがそうでない場合はただのお金持ちの女になってしまう。
ローリングストーンズの人達は全員大金持ちなのだ。
あれでも。


朝から気功へと行った。
吉祥寺の十字式健康普及会。
キリスト教の気功みたいだ。
クリスチャンだと年会費が1000円、治療費が500円割引になる。
俺はクリスと呼ばれているのだが。
カトリックの幼稚園に通っていたのだが。
素直に年会費1500円。
治療費2000円を払った。

待合室にいても気功の先生のシュッシュッが聞こえてくる。
上半身裸になるので男女別々に呼ばれる。
社長の奥さんが肩が悪くなって行ったら治ったらしくて薦められたのだが。
十字式の評判は前にも聞いたことがあった。
若い女の子からだ。
裸にされてセクハラみたいにやられて行かなくなったらしいが。
彼女は言っていた。
一度だけイカされたらしい。
気功でだ。
女性がイクってのがどんな感じなのかはわからないが。
気功でイカせる。
超能力だと思った。
若い女の子が来たらセクハラしたくなるのは人情。
待合室にセクハラ欲をかきたてる姿などはなかった。
しかし俺には特別な効果はなかったようだ。
身体が歪んでいると言われた。
しばらく通うようにと。

ソリューション・ビジネス。
ゴンに気功の話をしたらそう言っていた。

夜はアンネのライブに行くつもりだったがゴンとサッカーを観ることにした。
アンネすまん!
6月13日(金) “今どきの若いモンは‥”が夢だ


ロザンヌ・ロザンナダナの練習だった。
次のライブはキーボード無しみたいで。
ナミは来なくてトリオで練習。

ナミがいないとゆうことは次のライブにはナミのストーカーさんも来ないのか?
この前はビールをいただいたのだ。
俺がいただいたわけではなくナミがもらったビールをいただいたのだが。
変わったビールだった。
アイルランドのビール。
缶ビールなのだが。
缶の中に玉みたいなのが入っていてグラスに注ぐとクリーミィーな泡が出来ると書いてあった。
やってみた。
本当だ!
感動的にクリーミィーな泡だ。

ラムネのビー玉みたいなものだが。
画期的。
他のビールでも同じことが起きるのか?
各社採用を考えて欲しいが。
缶ビールって缶から直接飲む場合もある。
直接飲むとどうなるのかは試していない。
あんまり見かけない銘柄だったのだが。
サッポロビールがライセンス生産しているぐらいではあった。
銘柄をよく認識して飲まなかったのだ。
頭文字が“K”だったと思う。

なんとなくクリーミィーではない。
完全に別もの。
ビール業界においてはビール誕生以来の画期的な発明だと思ったのだが。
あまり話題になってない。

もしかすると缶の制作にコストがかかり過ぎて高くなっているのかも知れない。
貰いモノなので値段は考えていなかった。

俺は缶の注意書きをみて持って帰って飲んだのだが。
なにも考えずにシュポッ!と開けるとグラス無しで飲むことになる。
ライブの差し入れには向かないビールだ。
ストーカーさんはお酒を飲まないようだから。

しかしあの泡はなかなかのモノだった。


建築業界もいくらか不景気になってきたのかも知れない。
南大沢は本隊が揃っているし。
下請けさんにもヘビー・バーバリアンはいない。
本隊5人に下請け6人。
昔は当たり前にこれぐらいだった。
みんなもっと若かった。
下請けさんの平均年齢は15年前にくらべたら30歳ぐらい上がっているが。
南大沢には若者も来ていた。
大人になったら誰しもが“近ごろの若いモンは‥”みたいな文句を言うものだ。
若い頃、俺は年をとっても絶対にそんな紋切り型の文句は言わないように注意しようと思っていた。
こんなことになるなんて!

文句を言おうにも若いモンなんていない!
“近ごろの若いモンは‥”が言える幸福な労働環境の整備。
若者に理不尽な文句をぶつけられないフラストレーション。
労働現場は爆発寸前!

ちょっと見込みはあるのだがチャラチャラしたヤツ。
大募集!
年寄りの文句を右から左へ承け流すだけで。
金 ドカーン!

実際、年寄りに文句を言うのは疲れる。
もうどうにもならないだろう。
未来もないのだ。
ノー・フューチャーと歌っていたジョニー・ロットンにはずいぶん未来が開けていたのに。


とにかく南大沢ではまずまず快適な状態が続いている。
こんな時期。
ヘビー・バーバリアン達はどうやってしのいでいるのか?
もともとが季節労働感覚なのかも知れない。

今どきの若いモンがもっと駄目だったら仕事は続いてるのだろうが。
6月12日(木) ヘイ!ボー・ディドリー!


紫陽花について書くのを忘れていた。
紫陽花は木でした。

明大前の俺の紫陽花スポットにはいつも先客がいる。

紫陽花を見ているのなら許せるが。
ただそこにいるだけだ。
せっかくの紫陽花スポットなのに。
なにやってるんだ!
俺の紫陽花スポットで!

今日は空いていた。
紫陽花には雨の日が似合う。


最近ちょっぴり哲学モードの俺は“いのち”について考察した。
様々な生き物がいる中でパンダは本当に生き延びるつもりがあるのだろうか?

卵の生き物は別として哺乳類の中で人間はかなり不完全な状態で誕生する。
ほとんど一人前に近い状態で誕生する生き物も多い中、人間はかなり未熟な状態で誕生するが。
その未熟ぶりはパンダには敵わない。
動物園ならまだしも。
森の中で鳥のヒナぐらいの状態で誕生するようだが。

種としてのパンダはサバイバルするつもりがあるのか疑問だ。
これまで生き延びてきたのもよほど環境に恵まれていたのだろう。
普通の熊がどんな状態で誕生するのか知らないが。
パンダの赤ちゃんの小ささがアピールされる現状を見れば。
パンダよりも一人前に近い状態なのだろう。

生命としてヤル気を感じないパンダだ。
自らの意思で絶滅しようとしている種なのかも知れない。
ただの黒い熊なら誰も見向きもしないところだろうが。
神は優れたデザイナーなのか?
ポップアート感覚溢れる優れたデザインによって人間を魅了している。
もはや人間に寄生しているような状態だ。
しかも、笹ばっかり食べているのでウンチはそんなに臭くないらしい。
パンダとゆう生き方があるようだ。



ボー・ディドリーがなくなったことを昨日まで知らなかった。
ブースターズ次回のライブはボー・ディドリー追悼ライブだ。
メンバー各位はなんでもいいからボー・ディドリーの曲を憶えてくるように!
ボー・ディドリーの曲に似た曲をやろう!
ボー・ディドリーの曲はあの時代の中では抑揚が少ない。
演奏のやり方と言うよりも曲自体がそう出来ているようだ。
ダイナミックスをコントロールしようとしても上手く行かない。
平坦な曲だ。
ドラムはただドカドカやるしかない感じだ。
情緒排除系の先駆けかもしれない。

俺はロックバンドとしてはクサクサにダイナミックスを表現してしまう。
ちょっとやり過ぎだとは思っているのだが。
癖はなかなか直らない。

ミサイル兄弟はストイックにダイナミックスを抑制しているが。
長く曲をやるとだんだんダイナミックスが出来てくる。
俺のせいだ。
あんまりやり過ぎると一平に注意されるが。
一平に注意されるかされないかの瀬戸際。
バンドにはそんな瀬戸際の戦いがある。
情緒排除派の気持もわかると言いたいが。
よくわからない。
情緒の琴線を揺さぶられることに対するテレみたいなものなのかも?

ボー・ディドリーの音楽にはチャック・ベリーやリトル・リチャードみたいな抑揚がない。
都会っぽいのか?

確かに水商売っ気は一番ないのだ。
情緒排除派の美意識はその辺りにあるのだろう。

俺はいくらか“臭い”
6月11日(水) 開けるべきか?パンドラの匣。


どこかで見たようなシャツだ。
ユニクロの。
俺のシャツと同じじゃないか?

秋葉原の通り魔事件の犯人のお父さんが謝罪していた。
俺と同じシャツを着て。
年齢も俺とそんなに違わない。
お母さんは俺と同じぐらいかもしれない。


通り魔事件の犯人のお父さんと同じシャツを着て今日も仕事に出る。

現場の詰所において今回の通り魔事件の話題はいくらか重いようだ。
あまり話題にならない。

容疑者と言うか犯人だよなあれは。
犯人とそんなに違わない境遇。
下請けは事実上派遣。
他人事ではない状況が口を重くしているようだ。
うっかり口を開くと周りの誰かにかなり失礼ことになりそうな不安がある。

しかし、秋葉原の通り魔事件に関してはなにも現場の詰所だけが重たいわけではないかも知れない。

派遣労働者を抱える仕事場は一様に重たいのかも。

犯人より明らかに恵まれている人なんてそんなにいないのでは。

境遇なんて同じようなものだ。
気の持ちようだとも言える。

バンドでもやってないと正気を保てない世の中なのかも知れない。
俺が正気を保っているかどうかは別として。

しかしバンド君も減ったな。

昔はいわゆるフリーターと言えばバンド君の巣窟。
下請けの派遣会社にもバンド君はいたのだが。
もはや稀な存在。

南大沢にはバンド君が来ているが。
バンドやってるだけでインテリに思える。
俺がインテリかどうかも別ですよ!

でもバンドやってるだけである程度まともな人間だと思ってしまう。

カット候補ナンバー1。
ヘビー・バーバリアンもまだいい。

いるのだ。
きちんとした人が。
この人はどうしてこんな仕事をしているのかと思うような人が。
仕事が出来るとまではいかないが取り組み方は真面目。
見た感じもちゃんとした感じの社会人。
俺みたいになんとなく軽く見られることもないだろう。
なんかもっといい仕事はないのかアンタ!
みたいに思ってしまう人がいる。

キャラクターを善と悪に別けるなら善キャラの人。
多少虚ろな部分はあるけど真面目な人間は報われる社会。
そんな甘い社会じゃなくなってしまったようだ。

昨日もそんな新規入場者を2人つけられた。
仕事に取り組む姿勢は真面目だし。
そんなに馬鹿でもないようだ。
でも、向いてないと思った。
根本的に建築現場には向いてない。
休憩時間に手を洗っていた。
やたらと丁寧に手を洗っていた。
彼にとって手を洗うとゆうことそうゆうことなのだろうが。
駄目だ。
ちょっとは周りを見ろ!
現場の作業員の数。
水道の数。
一人の人間がそんなに長く手洗いに費やせるほど水道の数はない。
彼の後ろに行列が出来ていた。
手を洗うことをあきらめた人もいただろう。
手をキレイに洗うことは間違ったことではない。
キレイに洗うべきだろう。
仕事も真面目なのだが。
この人は駄目だと思った。

長い間、飲食店とかで働いていて丁寧な手洗いが染み付いたのかも知れないが。

急にキレると怖いので注意もしなかった。


秋葉原の通り魔事件は最近よくある意味不明の猟奇殺人とはちょっと違う。

犯人の心理は単純に想像出来るし。
そんなに違ってもないと思う。
わかり安い事件だ。

この先、資本主義社会がどうなるのかはわからないが。
資本主義的な幸福感が社会を支える幻想として機能しなくなっている。

なにかもっと絶対的な幸福が必要だ。
絶対的な幸福に客観性は要らない。

大人になるまでに。
子供のうちに。
この世の“輝き”みたいなものを発見しとかないと大変みたいだ。

その輝きを所有出来るか出来ないかは別として。
輝きの存在を。


通り魔の犯人はモテないことを悩んでいたらしいが。
絶対的に美しい女性と出会ってもいないのかもしれない。


俺がモテない理由はわかった!
最近の男は眉毛を手入れしているらしい。
不覚だった。

パンドラの匣。
開けるべきだろうか?
6月10日(火) 無条件の愛・約束された幸福。


“クリス日記にはショウが出てこないねぇ。”
久しぶりにあった人からよくそう言われる。
最近会ってないからなのだが。
俺とショウをセットで認識している人は多いようだ。
セットと言うよりショウに俺が付帯したイメージなのかもしれない。
ショウは以前やってた安泰ガバメンツというバンドの歌の人だった。
かなり強烈なキャラクターで。
説明すると長くなる。
テレビで田中真紀子さんを見るとショウを思い出すし。
ミートホープの田中社長でもショウを連想してしまった。
田中キャラなのかもしれないが田中ではない。


クリス日記にショウを登場させようと思ったことがあった。
ショウの話に“公園の話”があってちょうどそんな公園にいて今日の帰りはショウの話にしようと思っていたのだが。
その日の夕方に婆ちゃんが死んでしまい。
それっきりとなってしまった。
泉岳寺の現場で。
二期工事が始まってムッシュが行ってる。
近所にそんな公園があったし。
小椋さんもショウのことを尋ねてきた。
最近はぜんぜん会ってないのだ。
しかし、“公園の話”はよく出来ている。
ショウの作り話だとしたら天才的だ。
“一杯のかけそば”を超えている。

俺にもう少し“筆のチカラ”があれば一人称にしたり不特定な“彼”にして文章にしたいのだが。

ショウ自身のまま展開させよう。

“公園の話”
はじまり、はじまり。

ショウがバイク便の仕事をやっていた時の話だったと思う。
休憩時間は一服やトイレのために公園で過ごしいたようだ。
昼下がりの公園は幸せに満ちあふれていたらしい。
“無条件の愛”
ショウはそんな言葉で説明していた。
公園で子供を遊ばせるお母さん達。
約束されたような幸せ。

本当はお母さんグループのゾリゾリした確執やその確執にも参加出来ないお母さんの焦燥が渦巻いていたのかもしれないが。

ショウから見たら愛があふれた幸せの象徴みたいな公園だった。

そんな公園の片隅にホームレスがいたらしい。
ホームレスがいたからこそショウは公園に入れたのかもしれない。
ホームレスがいなかったら母子の幸せバリアによって公園に立ち入ることが出来なかったかもしれない。
ある日、その公園で休憩していると幼い男の子がホームレスに近づいていく。
まだ言葉も話せないぐらいの男の子だ。
無邪気そのもの男の子だっただろう。
男の子のお母さんはそのことに気がついていないようだ。
ショウはこれはヤバいことになるかもと様子をうかがっていた。
男の子はホームレスの人に興味を持ったようで無邪気に近づいてホームレスを眺めていた。

しばらく見ていると男の子のお姉ちゃんがそのことに気付いたようで近づいてきたらしい。
お姉ちゃんと言ってもまだ幼稚園ぐらいの女の子だ。
利発そうな女の子だったらしい。
男の子に近づくとお姉ちゃんはホームレスに向かって“おじちゃん貧乏?”
と尋ねたらしい。
その言葉にホームレスは怯んだ。
お姉ちゃんはホームレスの様子を敏感に感じ取ったようだ。
ホームレスは答えなかったが女の子は続けて。
“おじちゃん1円持ってる?”
ホームレスは頷いた。
“10円持ってる?”
“100円持ってる?”
“1000円持ってる?”
この辺りでホームレスは頷けなくなってしまった。

女の子の中で貧乏が決定。
女の子は自分のウチの話を始めたようだが俺もよくは覚えていない。

この辺りでショウは女の子に。
“おじちゃんはう〜と金持ちだ。
お前のお父さんよりう〜とお金を持ってる。
おじちゃんはなあ!
何でも買えるんだ。
もう、いいからあっちで遊んでろ!”
と言い放った。

女の子はそんなのウソだと言わんばかりだったが。
無条件の愛、約束されたような幸せへと戻って行った。

ホームレスはショウにお辞儀をした。
6月9日(月) 紫陽花は木なのか草なのか?


辰巳では水泳で盛り上がっているようだが。
南大沢は陸上祭りだ。
土曜日なんかは陸上の学生で凄いことになってしまう。
記録会と言うヤツだ。
コンビニも身動き出来ないような状態になる。

コンビニと言えば。
今朝は俺のパンが売り切れだった。
俺はこれと決めたら毎朝同じパンを食べる。
クリス・パンが売り切れだとは。
喝!


現場で醜態を演じてしまった。
外構工事の真っ最中。
マンション団地なので棟と棟の間はドロドロだ。
長靴を履いて移動しているのだが。
仕事が終わって着替えていたら靴が片方見当たらない。
靴が片方ないと騒いでいたら。
俺は片方を履いていた。
もう駄目かもしれない。

そんな男の指示を聞ける?
普通?


井の頭線は紫陽花電車になって来たが。
明大前の下りホームから見下ろす井の頭線の紫陽花ラインもなかなか見事だ。

紫陽花は草と木の中間ぐらいの微妙なところで生きている。
どっちなのだろう?

調べてみます。
答えは明日!
6月8日(日) いとしのエミリー


日曜美術館のピアニストは館野泉という人だった。
ぜんぜん栗ナントカじゃなかった。
情報源としてのクリス日記はかなり怪しい。

でも館野泉さんは素晴らしいピアニストだ。
楽器の中でもピアノは最もメカニックな楽器だ。
演奏する人と発音するモノの間にはメカニックが介在する。
ちょっと遠い楽器だが。
館野泉さんがピアノを弾いていると言うより。
彼から音が出ているようだった。
観衆を釘付けにするチカラを感じた。


朝からエミリー・ウングワレーの展覧会に向かっている。
代官山でやっているらしい。
昨日テレビでやっていたので混むだろう。
オープンを目指す。
彼女の絵に接触したいとゆう願望は痛切なものとなってきた。
治療に向かう病人のようだ。
腰痛すら治るような期待がある。

もしもの事。
万が一を考えて銀行で5万円をおろした。

井の頭線は紫陽花が美しい季節となった。

ダイハツ・ミラのCMで“いとしのエミリー”が流れている。
いとしのエリーじゃないぞ。
誰が歌っているのだろう。

代官山とゆう以外なんのインフォメーションもなく行ってみたが。
検索してみようと携帯電話を取り出したのは展覧会のポスターの前。
すでに会場の敷地の中だった。
昨日のテレビを見て彼女のメッセージを受け取った人々が群れをなしているかと思ったのだが。
会場には俺ひとりだけ。
展覧会は無料らしく係の人も受付の人もいなかった。

気に入った絵があったら買いたいぐらいの気持で銀行に寄ってきたのに。
どうやって買ったらいいのだ?
誰もいないぞ?
盗まれるおそれもないのか?
絵には値段が付いていた。
売っているようだ。
47250000円?
マジで?
盗めるぞ!
最初に値段をチェックした47250000円が一番高い絵だったが。
最後の5万円しか合ってない。
購入断念。
いい絵なのだが。
ちょっと高い。

レストランのウェイターがひとりだけいた。
シャンパンでも飲もうかと思ったが。
絶対に禁煙だろう。
止めた。

絵を見たが腰痛は治らなかった。
いや?
治ってないか?
ちょっと。
痛みがやわらいだ気がしてきた。
渋谷まで歩いて帰ろうと山手通りを歩いていたら公園を発見。
なかなかいい公園だ。
こんなところに公園があったなんて。
クリスと代官山デートしたい女の子大募集だな。
坐骨神経痛でもよければ。

公園ではアボリジニのブーブーやる楽器を練習している人がいた。

あっ!
今、帰っちゃった。
アボリジニのブーブーを聴きながら一服。
クリス日記を打っていたのだが。

俺も帰るか。
財布には5万円が入ったままだが。
6月8日(日) ヤバい!定期預金解約?


こんな人がいたのか!

一夜が明けてもいまだに、ちょっとした興奮が残っている。
芸術的な感動。

感動的に音楽を聴くような能力は日々目減りして行ってしまい。
ちょっとした感動を導くにも、それなりの努力さえ必要になってきた。
価値観を揺るがし。
魂を衝き動かすような感動にはもう出会えないとさえ思っていた。
年齢を重ねても感動し続けるような非凡なインテリジェンスは俺にはないと思っていた。

その能力が非凡であるかは別としてまだまだ感動できるようだ。
思春期の少女のように。


こんな人がいたのか!

テレビを見ていたらオーストラリアの画家が紹介されていた。
(日曜美術館ではない。)

アボリジニの画家。
エミリー・ウングワレー。
絵画を見てこんなに興奮したことはない。
それもテレビでだ。

音楽の受容能力は枯渇してきたのかもしれないが。
美術は俺にとっては未開拓分野。
感動の鉱脈はまだたっぷりと眠っているのかも知れない。

すべての絵が俺のために用意されているような錯覚に陥った。
いままで気が付かなくてすみません。
ずっと俺を待っていたのでは。

俺はもっと彼女の絵に触れなければならない。
そんな啓示を受けてしまった。
出来ることなら。
定期預金を解約しても彼女の絵を手に入れたい。
そんな気分にもなってしまった。

今ならわかる。
高額で絵画や美術品を取引する人の気持も。
ヨン様の追っかけおばちゃんの気持も。
感動に衝き動かされ常軌を逸してしまった人々を理解できる。

自分の中にそんな感動が出来るエネルギーが残されていた喜びもある。

音楽的感動でないのが残念なのだが。
若い頃は音楽的な感動はそこらに転がっていたのに。
デートの最中に洋服屋の店員に今流れている曲は誰の曲かと聞いたりしたこともあった。
意味不明だっただろうな俺は。


しかし、わりと最近にも音楽的感動はあったのだ。
その時に、これから先に俺に訪れる音楽的感動に関して考えてしまった。
あれは美術番組を見ていた時だった。
そう、あれは日曜美術館だった。
先月か先々月。
東山魁夷をやっていた。
俺のじいちゃんが好きな画家だった。
圧倒的なスターだった。
田舎の家にある美術全集は東山魁夷だけ2冊ある。
その美術全集の第1巻目が東山魁夷。
当時、世間的にもスターだった。

そんなことを思いながら日曜美術館を眺めていたのだが。
東山魁夷と親交のあったピアニストが出ていた。
当然じいさん。
病気かなにかで左手しか動かない。
しんきくさいパラリンピック・ミュージシャンだと思って見ていたのだが。
ちょっとだけピアノの演奏があった。
トップ・アスリートだった。
イチローより素早い。
マラソンだと2時間10分前後。
失礼しました!
数々の無礼をお許しください。
土下座するような気分で演奏を聴いた。
数年ぶりの音楽的感動だったのだ。
その時に芸術的な感動に関してちょっと考えてしまったのだ。
栗ナントカと言うピアニストだった。


しかし、エミリー・ウングワレーの感動はその比ではない。

調べてみた。
展覧会やってるじゃないか!
ヤバい!
定期預金解約?
日曜日でよかった。